鑑賞映画の解説

英国王のスピーチ
The King's Speech
＜鑑賞日：2013・7・8＞ 
  制　　　作：2010年　イギリス、オーストラリア　118分
  監　　　督：トム・フーバー
　脚　　　本：デヴィッド・サイドラー
　出　　　演：コリン・ファース、ヘレナ・ボナム・カーター、ジェフリー・ラッシュ
　そ　の　他：第83回アカデミー作品、監督、主演男優、脚本賞受賞
あらすじ

　ジョージ6世（以下ジョージ）（コリン・ファース）は幼い頃から吃音というコンプレックスを抱えていた。英国王ジョージ5世の次男という生い立ちでありながら、吃音のために人前で話すことは苦手で、国王の代理として演説をしても失敗をすることが多かった。吃音を治そうと妻のエリザベス（ヘレナ・ボナム・カーター）に付き添われて何人もの言語聴覚士を訪ねるが一向に改善しない。エリザベスはスピーチ矯正の専門家であるライオネル（ジェフリー・ラッシュ）のもとへジョージを連れていった。ライオネルはオーストラリア人だが、独自の手法で第一次大戦の戦争神経症に苦しむ兵士たちを治療し、実績をあげていた。治療方法は型破りで、診察室では私たちは平等だと宣言し、ジョージを愛称のバーティと呼び、ヘビースモカーの彼に禁煙を命じる。また、大音響のモーツアルトの音楽が流れるヘッドホーンを着けて、シェイクスピアを朗読させるという実験を受け、ジョージは「君の治療は自分に合わない」と告げ、彼のもとを去った。
　だが、クリスマススピーチが失敗に終わったジョージは、ライオネルに渡された録音のレコードを聴いて驚く。音楽で聞こえなかった自分の声が、一度も詰まることなく滑らかなのだ。再びライオネルのもとを訪ねたジョージは、その日から、彼の指導のもとユニークな訓練を受けることになった。
　1936年、ジョージ5世が亡くなり、長男のエドワード8世（以下エドワード）（ガイ・ピアース）が即位する。しかし、エドワードはアメリカ人で離婚歴のあるウオリス・シンプソンと交際しており、結婚を望んでいた。その年のクリスマスにジョージ夫妻はエドワードにバルモラル城で行われたパーティに招待された際、エドワードとシンプソンの下品な姿を目にして、ジョージはエドワードに、英国国教会の長でもある王は離婚歴のある女性とは結婚できない定めがあるため、シンプソンとは結婚できないことを指摘すると、エドワードは吃音治療は王位欲しさのためかと責め、ジョージの吃音をからかった。ジョージはライオネルを訪ね、胸の内を話すと、ライオネルは代わりにジョージが即位すべきだと答えた。ジョージはそれは反逆罪だと言って彼のもとを去った。エドワードは王位かシンプソンとの結婚かの選択に迫られていた。エドワードは結局恋を選び、即位して1年も経たないうちに退位し、ジョージはジョージ６世として即位する。
　そのころ、イギリスはナチス党政権下のドイツと一触即発の機運となっていた。英国は国民の統一をうながす国王を必要としていたが、新国王の吃音は治らず、王位継承評議会での宣誓は散々だった。ジョージ６世夫妻はライオネルを訪ね、謝罪して治療を再開した。その甲斐あって戴冠式のスピーチは成功に終わった。チェンバレンの宥和政策は失敗し、イギリスはドイツのポーランド侵攻を受けて、ドイツに宣戦布告し、第二次大戦が始まった。同日、ジョージ６世は大英帝国全土に向けて国民を鼓舞する演説を緊急放送することになった。全国民が耳をすまして聴く中で、ジョージ６世の演説は完ぺきで、国民総てが奮い立った。放送室から出てきたジョージ６世は、家族とともに宮殿のバルコニーに出て、待ちかまえる国民に手を振った。
解説

　吃音に悩まされたイギリス王ジョージ6世（現エリザベス2世の父）と吃音の治療にあたったオーストラリアの言語治療士との友情を史実に基づいて描いた映画である。脚本を書いたデヴィット・サイドラーは幼少のころから吃音に悩まされ、10代でその障害を克服した体験を持ち、かねてからジョージ6世についての企画を温めていた。しかし、ライオネルの息子が保有していた治療記録は、ジョージ6世王妃エリザベス（後の皇太后）から公表を拒まれていた。そのため、皇太后が2002年に亡くなるとサイドラーは作業を開始する。その後、製作スタッフはライオネルの孫をロンドン市内で探し当て、ライオネルの日記、手紙など貴重な資料を手に入れ、脚本は新たに発見された資料によって補完され、アカデミー脚本賞にふさわしい脚本になったのである。
　この映画が素晴らしいのは、診察の過程で挫折したり、勇気を持って再挑戦したり、さながら真剣勝負のように困難を克服していく有様を、時にはユーモラスを加えて描いたことである。それに、献身的にジョージを支えるエリザベス王妃との家族愛である。公務の間に２人の娘と４人で寛ぐ風景は微笑ましく、映画に温かみを加える。
　この映画の俳優陣が素晴らしい。さすがにシェイクスピアを生んだ演劇王国のお国柄だけあって錚々たる俳優陣のそろい踏みである。コリン・ファース（1960〜）は英国を代表する俳優の一人。舞台俳優出身で「恋に落ちたシェイクスピア」、「シングルマン」で評価を高め、本作でアカデミー主演男優賞を得た。ジェフリー・ラッシュ（1951〜）はオーストラリア生まれ。舞台出身。「シャイン」（1996年）でアカデミー主演男優賞を得ている。本作でアカデミー助演男優賞にノミネートされたが選に洩れる。ヘレナ・ボナム・カーター（1966〜）はイギリス生まれ。「眺めのいい部屋」で注目される。本作でアカデミー助演女優賞にノミネートされたが落選。
　これらの俳優たちを見事に統一した監督のトム・フーバー（1972〜）の演出力も高い評価を受けた。主役3人の脇をチャーチル、大主教、エドワード8世等に英国を代表する俳優で固め、使いこなす力量は鮮やかである。トム・フーバー監督は第2次大戦前夜のイギリスの国情を、イギリス王室のスキャンダルを取り入れ、国王として堂々とドイツ弾劾の演説をよどみなく行い、英国国民の心を一つにする世紀の名演説に至るまでのドラマの展開は見事である。トム・フーバーはこの映画で作品賞、監督賞の２冠を得ている。